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新潟地方裁判所 平成9年(ワ)550号 判決 2000年6月14日

新潟市<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

味岡申宰

名古屋市<以下省略>

被告

大起産業株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

肥沼太郎

三﨑恒夫

主文

一  被告は、原告に対し、一二〇四万九三〇七円及びこれに対する平成九年一一月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その三を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、二〇〇七万三七三〇円及びこれに対する平成九年一一月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告に委託して行った金及び白金の先物取引(以下「本件取引」という。)により損失を被った原告が、被告による断定的判断の提供・無意味な反復取引等があったと主張して、不法行為に基づき、損失金一八二四万八八四六円及び弁護士費用一八二万四八八四円の計二〇〇七万三七三〇円の損害賠償を求めた事案である(附帯請求は、不法行為の後であることが明らかな訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めるものである。)。

一  本件の経過

1  原告は、昭和二九年○月○日生の独身の男子であり(原告本人及び弁論の全趣旨)、昭和五四年三月にa大学工学部機械工学科を卒業し、同年四月に株式会社bに就職した(争いがない)が、本件取引期間中は株式会社cに出向し、トラックの荷台の設計に従事していた(甲二、原告本人)。

原告は、両親と同居しており、本件取引を開始した平成八年一二月当時、約二五〇〇万円の預貯金を有していたが、本件取引以前には、商品の先物取引の経験はなく、従業員持株会により勤務先の株式を取得したことがあるほかは、株式の取引経験もなかった(甲二、原告本人)。

2  被告は、東京工業品取引所等の商品取引所に所属する商品取引員であり、B(以下「B」という。)は、被告新潟支店の営業係長、C(以下「C」という。)は、同支店営業部長、D(以下「D」という。)は、同支店の商品取引部主任、E(以下「E」という。)は、同支店の支店長であったものである(争いがない)。

3  Bは、平成八年四月に被告新潟支店に転勤し、その後、何度か原告に対して、電話で先物取引の勧誘を行っていたが、同年一二月四日、再度電話で勧誘したうえ、原告の承諾を得て、同日晩、原告の勤務先を訪れた。

そして、Bは、原告に対し、「商品先物取引・委託のガイド」(乙五の1、2)に基づき、金の先物取引の仕組みのほか、金一〇〇〇グラムが取引単位(一枚)であること、金一枚の取引について必要な委託証拠金は六万円であること、委託手数料は売りと買いについて一枚あたりそれぞれ五二〇〇円(合計一万〇四〇〇円)であること、したがって、利益を出すためには、金一グラムあたり約一〇・四円の値動きが必要であること等について説明したうえで、東京工業品取引所における金の値動きを示すチャート(甲一〇)を見せながら、現在は金の値段が底値であり、値上がりが見込める旨述べて、右チャートに上向きの矢印を書き込む等して勧誘した。

(甲二、一〇、乙五の1、2、一九、証人B及び原告本人)

4  このため、原告は、被告に金一〇枚の先物取引を委託することにし、同日、Bから、前記の商品先物取引・委託のガイド及び契約関係書類(乙四の受託準則を含む。)を受領し、「先物取引の危険性を了知した上で同取引所の定める受託準則の規定に従って、私の判断と責任において取引を行うことを承諾した」旨の記載のある約諾書(乙一)等に署名・押印してBに交付した。

また、原告は、その際、Bから交付されたアンケート用紙(乙一四)の「営業社員の印象はいかがでしょうか。」との設問に対しては「礼儀正しい」の欄に、「商品先物取引・委託のガイドの説明について」の設問に対しては「わかった」の欄にそれぞれチェックマークを付した。

(甲二、乙一ないし四、一四、一九、証人B及び原告本人)

5  原告は、同月五日昼、勤務先を訪れたBに委託証拠金として六〇万円を交付したうえで、金一〇枚を買った(別表番号1の取引)(争いがない)。

6  その後、原告は、同月六日、Bの上司であるCの勧誘により、さらに金一〇枚を買って(別表番号2の取引)、翌七日、六〇万円の委託証拠金を交付し、平成九年一月一〇日には、金二〇枚を売り(別表番号3の取引)、翌一一日、委託証拠金一二〇万円を交付した(Cの勧誘によることを除いて争いがなく、右の点については、乙二〇、二二)。

なお、被告は、受託業務管理規則において、商品先物取引の経験のない者については、三か月間の習熟期間を設け、登録外務員の判断枠を二〇枚と定め、それを超える建玉の要請があったときは、管理担当班の責任者が審査する旨を定めていた(甲三)が、Cは、別表番号3の取引の際、「本人の希望があり、勉強しているために積極的である。」との理由を付した上、右判断枠を一〇〇枚にすることについての審査を求め、支店長のE及び本社の総括責任者は、審査の結果、これを妥当と判断した(乙三〇)。

7  この間の平成九年一月七日、原告は、Bから商品取引部のDを担当者として紹介を受けた際、「先物取引は投機です」「元本保証、利益保証は一切ありません」等との記載のある「商品先物取引の重要なポイント」と題する書面(乙一五)に署名・押印して交付した(乙一五、一九、二二)。

8  しかし、その後、Dを担当者として、別表番号4ないしい16の取引を行ったものの(争いがない)、損失が拡大していったことから、原告は、同年三月五日、被告本社からの「お取引きについてのアンケートⅡ」(乙一七の1)に「商品先物取引・委託のガイド」の理解度についての設問に対し「理解していない」との欄にチェックマークを付したうえ、下部の余白に「何度も金を出す様に電話があり、その都度工面してきましたが、もうこれ以上はできません。早くやめたいのですが、どうなっているのでしょうか。新潟の所長にも話をしたのですが、そのうち利益が出る位のことで明快な返答をしてくれません。」と記載して郵送した(甲二、乙一七の1、2、二一)。

このアンケートを受領した被告の相談室長F(以下「F」という。)は、Eに対し、これをファックス送信したうえ、原告の意向を確認するよう指示し、Eは、同年三月一〇日夜、原告と面談して意向を確認したが、原告から取引をやめたいとの話は出なかった(甲二、乙二三)。なお、原告は、同日中にも別表番号17の取引を行っている(争いがない)。

また、Fは、同年五月八日、原告方を訪問し、再度「お取引きについてのアンケートⅡ」(乙一八)の記載内容について確認を求めたところ、原告は、「商品先物取引・委託のガイド」の理解度についての設問に対し、再度、「理解している」との欄にチェックマークを付した(甲二、乙一八、二一)。

9  平成九年三月一〇日にEが原告と面談して以降は、主としてEが原告を担当するようになり、原告は、Eの勧誘により、白金の先物取引も開始し、別表番号18以降の取引を行った(争いがない)が、損失がさらに拡大したことから、同年五月に勤務先の上司に相談したところ、原告訴訟代理人を紹介されて、相談した結果(甲二、原告本人)、同年五月二三日までにすべての取引を仕切った(争いがない)。

10  原告が本件取引により被った損失は、別表末尾のとおり、売買差金一一一九万円、取引税一万六〇二一円、委託手数料六七六万二三〇〇円及び消費税二八万〇五二五円の合計一八二四万八八四六円である(争いがない)。

11  なお、原告は、新規の売買の成立及び仕切の都度、被告からその取引についての売買報告書及び売買計算書(乙八の1ないし38)の送付を受けたほか、平成八年一二月から平成九年九月までの各月ごとの未決済の建玉枚数・値洗差金等を記載した残高照合通知書(乙九の1ないし11)の送付を受け、平成八年一二月から平成九年五月までの間、これに同封されていた「通知書の通り相違ありません。」との残高照合回答書(乙一〇の1ないし6)を被告本社の管理部に送付していた(乙八の1ないし38、乙九の1ないし11、乙一〇の1ないし6)。

また、原告は、平成九年一月八日から同年五月二〇日までの間、二六回にわたり、被告の担当者が訪問する都度、建玉の内訳等について記載した残高照合書(乙一六の1ないし26)にも「上記の通り相違ない事を確認します。」の欄に丸印を付けて、これを交付している(乙一六の1ないし26)。

三  争点

1  被告による不法行為の成否、特に、

(一) 断定的判断の提供と利益保証的勧誘の有無(争点1)

(二) 両建、損切り直し取引等の無意味な反復売買の有無(争点2)

2  過失相殺の当否及び原告の過失割合(争点3)

第三争点に対する判断

一  争点1について

原告は、Bが平成八年一二月四日の勧誘の際、原告に対し、「現在、金の値段が底値で、ものすごく安くこれから必ず値上がりします。五〇円は値上がりします。」「年末か遅くとも年明けには間違いなく儲けてお金を返しますから。」旨述べて勧誘したと主張し、原告も右主張に沿う供述をする。

しかし、Bは、そのような勧誘の事実を否定し、「現在は金の値段が底値であり、値上がりが見込める旨述べて、チャートに上向きの矢印を書き込む等したにすぎない。」と供述するところ、原告がBのセールストークにより金が値上がりするとの期待を抱いて本件取引を開始するに至ったことは否定し難いと認められるものの、金相場の変動を確実に予測することが極めて困難なことは公知の事実であり、原告の学歴・年齢等に照らして、原告が確実に金が値上がりすると信じて本件取引を開始したと認めることは到底できず、この点に関する原告の主張・供述は採用できない。

二  争点2について

1  原告は、別表記載の取引のうち、いわゆる特定取引に該当するものは次のとおりと主張する(数字は別表番号)。

① 直し取引(損切り直し取引を含む)

7、8、14、15、23、37、38

② 両建

3、9、16、18、19、21、22、23、26、31、32、33、34、35、36、37、38、39、40、41、43

③ 途転

5、10、11、16、17、18、20、25、29、41、42、43

④ 不抜け

9、14、21、26

これに対し、被告は、①(直し取引)のうち、8、15が直し取引であること(8が損切り直し取引であることを含む。)は認めるものの、7、14は、同一日に既存の建玉の仕切及び新規建玉が行われているものの、新規建玉が仕切よりも早く行われているから、直し取引に該当しないと主張するとともに、23、37は、金と白金の間のものであって、直し取引に該当しないと主張する。

また、被告は、②(両建)のうち、3、9、16、18、19、22、26、33、34、36、43が両建であることは認めるものの、21、23、31、32、35、37、38、39、40、41は、金と白金の間のものであって、両建には該当しないと主張する。

さらに、被告は、③(途転)のうち、17、18、25が途転であることは認めるものの、5、10、11、16、20、43は、同一日に既存の建玉の仕切及び新規建玉が行われているものの、新規建玉が仕切よりも早く行われているから、途転には該当しないと主張するとともに、29、41、42は、金と白金の間のものであって、途転には該当しないと主張する。

なお、被告は、9、14、21、26が不抜けに該当することは認めている。

しかして、農林水産省食品流通局商業課作成の昭和六三年一二月二七日付け委託者売買状況チェックシステムの実施に関する細目(乙三二)によれば、売(買)直しとは、「既存建玉を仕切るとともに、同一日内で新規に売直し又は買直しを行っているもの」、両建玉とは、「既存建玉に対応させて、反対建玉を行っているもの」、途転とは、「既存建玉を仕切るとともに、同一日内で新規に反対の建玉を行っているもの」とそれぞれ定義されており、既存建玉の仕切が新規の建玉に先行すること及び同一銘柄間の取引であることが要件となっていると解されるから、特定取引に該当するものは、被告の主張するとおりと認められる。

2 ところで、

① 損失の発生している既存建玉を損切るとともに、同一日内で新規に売直し又は買直しを行う「損切り直し取引」は、委託者にとっては損失を確定し、あらたに委託手数料を負担するだけの有害無益な取引であり、「直し取引」も通常は委託者にとっては委託手数料の負担が増すだけの無益な取引であること、

② 「途転」は、相場感の変化があったときには、合理性を有するものの、無定見・頻繁に行われると、いたずらに委託手数料が増すだけになること、

③ 「両建」は、売りと買いの双方に委託証拠金及び手数料を必要とする上、両建した時点で仕切った場合と同額の差損益が確定するから、委託手数料の負担が増すほかは、仕切った場合と異ならないこと、

④ 「不抜け」は、取引によって利益が発生したものの、手数料等を差し引くと差損金が発生するものであり、委託者にとっては相場観の変化等によって、その時点で仕切ることが合理的な場合のみに合理性を有するものであることは裁判実務上、顕著な事実である。

しかして、本件取引において、特定取引の占める割合は、取引回数四三回中、一七回(三九・五パーセント。小数点第二位以下切り捨て。以下同じ。)、取引枚数七二八枚中、三七〇枚(五〇・八パーセント)と極めて高率であるうえ、新規の建玉から仕切までの期間が一週間以内の極めて短いものが約半数にのぼっていること、原告が仕切った際に利益をあげたことは二六回あるものの、その大半は、数万円程度であり、一万円以下の利益しかあげていないものが九回もあることが明らかである。

そして、被告の担当者らは、このような経済的合理性に乏しい取引が短期間に反復された理由について合理的な説明をしていないが、このような取引を先物取引の経験のない原告が反復すれば、被告において多額の委託手数料を取得できる一方、原告が巨額の損失を被る可能性が高いことを容易に察知できたはずであるのに、約六七六万という多額の委託手数料を取得しながら、このような取引を繰り返す原告を制止しようとした形跡が全くなく、かえって、本件取引開始のわずか一週間後には外務員の判断枠を一〇〇枚まで拡大して、これを助長していること等を併せ考えると、被告の担当者らは、もっぱら原告から委託手数料を得る目的で無意味な反復売買を勧誘・放置していたものと推認するほかなく、このような被告の行為が、委託者である原告に対する善管注意義務に反することは明らかであるから、被告は、不法行為に基づき、原告が本件取引によって被った損害を賠償する責任があるというべきである。

三  争点3について

本件に表われた一切の事情、とりわけ、原告の学歴・職歴、原告は、商品先物取引の仕組みや危険性については一応理解しており、ある程度の損失を被ることも覚悟して本件取引を開始したうえ、多額の損失が発生していることを知りながら、これを取り戻そうとして、さらに取引を継続・拡大していったものと推認されること、原告の損失の相当部分は、本件取引開始後、約四か月を経過した平成九年四月及び五月の取引を同年五月二〇日以降に仕切った際に生じたものであること、原告が被告に支払った金員は、原告の預貯金から支出されたもので、本件取引により借財を負うには至らなかったこと等、原告の過失を肯認すべき事情も多々認められる。

しかし、被告が原告から委託手数料を得る目的で無意味な反復売買を勧誘・放置していたものと推認すべきことは前記のとおりであり、原告が特定取引の危険性について理解していたことを窺わせるような事情は全くなく、かえって、乙二八(原告が本件取引の終了間近の平成九年五月一六日にEにファックス送信したメモ)によれば、原告が先物取引における利益・損失の計算方法についてさえ十分には理解していなかったことが明らかであること、本件取引により原告が被った損失は、原告が当初、予期していた額をはるかに上回るものであったと推察されること、原告が本件取引を五月二〇日以降に仕切った理由は、本件取引に問題点があったために、原告訴訟代理人と相談のうえ行われたものであること等も併せ考慮すると、過失相殺の割合は四割と定めるのが相当である。

四  よって、原告の請求は、損失金一八二四万八八四六円に四割の過失相殺をした一〇九四万九三〇七円(円以下切り捨て。)に、弁護士費用一一〇万円(過失相殺後の金額の約一割)を加えた一二〇四万九三〇七円及びこれに対する不法行為の後であることが明らかな平成九年一一月八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。

(裁判官 大野和明)

<以下省略>

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